「life」の記事

格差復興への挑戦

2011.03.28 | Theme :
 先日の地震で、母の故郷である宮城に今も住む叔母が津波に襲われて亡くなっていたことが今日わかった。遺体は16日には警察に引き取られていたのだが、今日まで身元不明で安置所に置かれていたのを、娘(つまり私の従姉)がやっと見つけたらしい。地震から17日もの間、探しまわった挙句遺体と対面した気持を考えると胸が痛む。

 叔母といっても私が50歳だから80を過ぎていたが、毎年野菜や米や餅を母のところへ送ってくれていた、元気な叔母だった。せっかく長生きしたのだから、大往生させてやりたかったと思う。

 今は日本中、いやひょっとすると世界中が心を痛め、被災した人たちになにができるかを、必死で考えている。津波に原発事故が重なり、世界史上でも未曾有の災害であるから、最適の方法をすぐに編み出すことは難しいかもしれないが、今は効率性などを考えるよりも、危機に瀕している人を一刻も早く救うのが先決であり、日本人の「強さ」が試されているとすれば、瞬発力が問われている段階である。

 しかし、今後同じ強さでも持続力を問われる段階が来る。今回の震災からの復興は、一段落した、と思えるまででも最低で10年、ひょっとすると20年、完全に復興を成し遂げるのは私が生きている間はムリかもしれない。

 被害が広範囲に渡っている、ということももちろんあるが、今回の震災では、「格差復興」いう新しい問題に日本人が挑戦しなければいけない、と思うからだ。

 ある程度の年齢以上の多くの日本人が、今回の災害からの復興は終戦後以来、と思ったはずだ。これ以上は敗戦後の焼け野原くらいしかない、だがあれを乗り越えた日本人には今回の試練も乗り越えられないはずはない、と。

 確かにそうだろう。ただ、あのときは日本中が焼け野原だった。全員がゼロか、マイナスからのスタートだった。もちろん日々暮らしが悪くなる人もたくさんいたろうけど、とりあえず明日はきっと今日よりいい日になる、と思ってみなががんばれた。

 だが今回は、少し極端な例えで言えば、被害を受けていない西日本が被害を受けた東日本を助ける、という構造になる。西のマイナスが東のプラスになるのだ。極端な格差を同じ国内で埋めていく作業は、政治が深く関与しても(当然するだろうが)持続するのは難しい。

 さらに仙台にいる親戚からは、実際仙台市中心部は、それほどの被害を受けた、という認識はない、という話も聞こえてくる。心配させまい、と少し大げさに言っている部分もあるだろうが、同じ東北地方の中でも格差があることを教えてくれる話だ。

 たとえば家も田畑も津波で流されてしまったエリアで、今後の区画整理や所有権などはどうするのか、所有者が生きていた場合と亡くなっていた場合とでは。もちろん普通に考えれば元通りにするのだろうが、復興というエネルギーを付加しなければいけない段階で、元通りにすれば済む、というほど簡単ではない問題も起きてくるだろう。戦後のどさくさに紛れて勝手に土地を自分のものにし、闇市からのし上がるなんて復興のパターンは今回は許されない。

 みんなが苦しければ、パチンコ屋が再開したニュースは単純に明るいニュースになる。しかし苦しい地域が半分だと、こんな時期に再開するのは不謹慎だ、という論調も出る。プロ野球のセパの考え方の違いはまさに今回の格差復興の難しさを象徴する出来事だった。

 そうは言っても、メディアも今のテンションを10年も20年も続けることは不可能であり、続けて半年くらいが精一杯である。しかし半年程度では、おそらく現地の状況はなにも変わっていない。テレビに映る映像で変わっていても、そこには時に精神的な、時に法律的な、そして時に経済的な問題が横たわり、何年にもわたって現地の人々を苦しめるに違いない。

 正直、被災を免れ、被災した関係者もいない人に、何年も何十年も被災者に手を差し伸べてくれ、というのもムリな話である。被災しなかった人が意識せずとも、自然と被災者を救うことになるようなスキームを作らなければいけない。

 おそらく政府はもう考えているだろう。大事なのは、こういったことを政府に勝手にやらせないことだ。ここにこそ、全国民のコンセンサスが必要であり、ゆめゆめおざなりに泥縄的に決めないで、充分な議論を国民の前に開示してほしいと願う。

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 amadana限定版携帯です。

 限定5000台のうちの一台。購入して1年半くらいたった先月、突然電源が切れて二度と入らなくなってしまった。ITリテラシーの低い僕は当然バックアップなんか取ってなかったから、この1年半に入力したデータは全部なくなりました。

 幸いそう多くはなかったんだけど、最近入力したデータが一番使いますわね。

 常々僕は、日本のユーザーは「機械は壊れる」という当たり前の道理を忘れている事が多いと感じてきた。それはとりもなおさず、日本の機械は優秀でめったに壊れないからなんだが、それがかえって人々の創造力を失わせているとも思える。

 典型的な商品は自動車と家電製品。まず壊れることはないので、使っているうちにどういう原理でその機械が動くのか、ということを忘れてくる。自動車がどういう原理で作られていて、なぜ動くのかは、免許を持っている以上誰でも教えられたはずなのだ。

 しかし壊れない機械の仕組みを覚えていても意味がない。ところがめったにない故障に合うと慌ててディーラーに怒鳴り込む、といった具合だ。動く仕組みを知っていれば、自分で直せる故障や不具合は案外多い。自分で直せなくとも、いつ、どのように修理に出せば効率が良いかくらいは理解できる。

 機械に限らず、日本人は世の中にあるさまざまなルールに関しても、ルールを教えられるとすぐにそれを覚えてきちんと守るのはいいのだが、なぜそのルールが存在するのかをあまり考えない。

 携帯電話を電車の車内で使ってはいけないのは先進国の中ではおそらく日本だけである。これはそもそも電車の中でだらしなく床に座ってだらだらとくだらないことをしゃべり続ける女子高生の姿が社会問題になったことがきっかけだった。ペースメーカーに干渉するなどは後付けの屁理屈で、よほど密着した状況でない限り干渉することなどまずあり得ないことを多くの専門家が指摘しているし、大体そんな状況で携帯電話は使えない。

 今のルールでは、携帯でひそひそ話してる人はルール違反で、携帯を使わずに車内で大声でバカ話をしている人はルール違反ではない、というそれこそバカげた状況になっている。

 車内で大声で話すのは迷惑だ、というのはルールで規制すべきことではなく、マナーとして守ることではないのか。ルールにしてしまうから、人々の思考が停止してしまい、果てはなぜそのルールがあるのかだれも説明できなくなってしまうのだ。やがてルールを守るのがマナーである、という本末転倒な考えが蔓延してしまう。

 そのくせルールを守っていない人をしたり顔で注意するのはよくやるのも日本人。出る杭は打たれる、ということだろうが、こういう国民性は簡単に全体主義に染められてしまう危険をはらんでいる。日本においては全体主義は先の戦争が終結した時に死んだと思っている人がいたら大間違いだ。郵政選挙で小泉チルドレンに投票した有権者のはたして何割が郵政民営化の意義を考えたり知っていたりしただろうか。おそらく意義どころか意味も知らなかった人がほとんどなのではないか。結果を想像もせず、アメリカの国力も知らずに戦争に賛成した人々を笑うことはできない。

 日本は狭い国土に多くの人々がひしめき合って生きてきたので、突出した行動は控え、いらぬ摩擦は避けるのが生活の知恵でもあったのかもしれない。しかし時代はすべてを国単位で考えることはできないほど世界は狭くなっている。

 おりしも今日民主党政権が発足したわけだが、国民に政治を取り戻す、というなら、国民が自ら考えなければ判断できないような問題を次々と投げかける勇気を持ってほしい。

 さて、話は携帯に戻る。コンピュータはもともとアメリカの発明なので、IT製品はよく壊れる(笑)。もし日本がこの商品を開発していたら、こんな不完全な状態で商品化はしなかっただろう(つまり、商品化は最後までされなかっただろう)。フリーズという言葉が日常的に使われる商品など日本ではありえなかったはずだ。

 そのかわり、コンピュータはその機械の中で、今、なにが行われているかが比較的わかりやすい商品とも言える。僕自身はコンピュータそのものが大嫌いで、こんなものに生活を支配されるのがまっぴらなのだが、今の時代、そんなことを言っていたら仕事ひとつ進まない。仕方なくにせよ、使うからにはITリテラシーが低い、などと言っていては、商品をブラックボックス化している人と変わらない、と反省しきりである。

Comments

  • yukari: ご多用のなか、温かいコメ返、本当にありがとうございますm(_ » 続きを読む
  • 重信裕之: ゆかりさん、こんな弱小ホームページを発見していただいてありが » 続きを読む
  • yukari: 今頃のコメントで失礼します。 私も少し、家の間取りを書いたり » 続きを読む
  • ゆかり: 9月17日の記事にコメント欄がなかったので、こちらにコメント » 続きを読む
  • 重信裕之: ネコ好きさん、コメントありがとうございます。 池袋でのロケハ » 続きを読む
  • ネコ好き: ネコ屋敷が気になります。何匹入れるのでしょうか? » 続きを読む