意外と壊れやすかった

2009.09.17 | Theme :

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 amadana限定版携帯です。

 限定5000台のうちの一台。購入して1年半くらいたった先月、突然電源が切れて二度と入らなくなってしまった。ITリテラシーの低い僕は当然バックアップなんか取ってなかったから、この1年半に入力したデータは全部なくなりました。

 幸いそう多くはなかったんだけど、最近入力したデータが一番使いますわね。

 常々僕は、日本のユーザーは「機械は壊れる」という当たり前の道理を忘れている事が多いと感じてきた。それはとりもなおさず、日本の機械は優秀でめったに壊れないからなんだが、それがかえって人々の創造力を失わせているとも思える。

 典型的な商品は自動車と家電製品。まず壊れることはないので、使っているうちにどういう原理でその機械が動くのか、ということを忘れてくる。自動車がどういう原理で作られていて、なぜ動くのかは、免許を持っている以上誰でも教えられたはずなのだ。

 しかし壊れない機械の仕組みを覚えていても意味がない。ところがめったにない故障に合うと慌ててディーラーに怒鳴り込む、といった具合だ。動く仕組みを知っていれば、自分で直せる故障や不具合は案外多い。自分で直せなくとも、いつ、どのように修理に出せば効率が良いかくらいは理解できる。

 機械に限らず、日本人は世の中にあるさまざまなルールに関しても、ルールを教えられるとすぐにそれを覚えてきちんと守るのはいいのだが、なぜそのルールが存在するのかをあまり考えない。

 携帯電話を電車の車内で使ってはいけないのは先進国の中ではおそらく日本だけである。これはそもそも電車の中でだらしなく床に座ってだらだらとくだらないことをしゃべり続ける女子高生の姿が社会問題になったことがきっかけだった。ペースメーカーに干渉するなどは後付けの屁理屈で、よほど密着した状況でない限り干渉することなどまずあり得ないことを多くの専門家が指摘しているし、大体そんな状況で携帯電話は使えない。

 今のルールでは、携帯でひそひそ話してる人はルール違反で、携帯を使わずに車内で大声でバカ話をしている人はルール違反ではない、というそれこそバカげた状況になっている。

 車内で大声で話すのは迷惑だ、というのはルールで規制すべきことではなく、マナーとして守ることではないのか。ルールにしてしまうから、人々の思考が停止してしまい、果てはなぜそのルールがあるのかだれも説明できなくなってしまうのだ。やがてルールを守るのがマナーである、という本末転倒な考えが蔓延してしまう。

 そのくせルールを守っていない人をしたり顔で注意するのはよくやるのも日本人。出る杭は打たれる、ということだろうが、こういう国民性は簡単に全体主義に染められてしまう危険をはらんでいる。日本においては全体主義は先の戦争が終結した時に死んだと思っている人がいたら大間違いだ。郵政選挙で小泉チルドレンに投票した有権者のはたして何割が郵政民営化の意義を考えたり知っていたりしただろうか。おそらく意義どころか意味も知らなかった人がほとんどなのではないか。結果を想像もせず、アメリカの国力も知らずに戦争に賛成した人々を笑うことはできない。

 日本は狭い国土に多くの人々がひしめき合って生きてきたので、突出した行動は控え、いらぬ摩擦は避けるのが生活の知恵でもあったのかもしれない。しかし時代はすべてを国単位で考えることはできないほど世界は狭くなっている。

 おりしも今日民主党政権が発足したわけだが、国民に政治を取り戻す、というなら、国民が自ら考えなければ判断できないような問題を次々と投げかける勇気を持ってほしい。

 さて、話は携帯に戻る。コンピュータはもともとアメリカの発明なので、IT製品はよく壊れる(笑)。もし日本がこの商品を開発していたら、こんな不完全な状態で商品化はしなかっただろう(つまり、商品化は最後までされなかっただろう)。フリーズという言葉が日常的に使われる商品など日本ではありえなかったはずだ。

 そのかわり、コンピュータはその機械の中で、今、なにが行われているかが比較的わかりやすい商品とも言える。僕自身はコンピュータそのものが大嫌いで、こんなものに生活を支配されるのがまっぴらなのだが、今の時代、そんなことを言っていたら仕事ひとつ進まない。仕方なくにせよ、使うからにはITリテラシーが低い、などと言っていては、商品をブラックボックス化している人と変わらない、と反省しきりである。

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